雨が降る前の風の匂いに感じる色、文字の色、音楽の色、私にとってはあまり差がない。
無論、どれが何の色かを口で説明することは出来るが、自分の中ではその解釈は不要だ。
これは、ただそこに世界が在るのだと認識するためだけに感覚があるのかもしれないし、
一方では感覚があるから世界がそう感じられるのかもしれない。何やら複雑な響きである。
なぜ自分の共感覚はこんな姿をしているのだろうと振り返ると、深い海の底が啓けて行く。
私が共感覚を認知したのは今から二年少し前のことだが、自分に幾つの共感覚があるのか、
実は精確に数え上げた記憶がない。この背景には、誤診後にゾロゾロと共感覚が"帰宅"し、
あまりに脳内が忙しくなってメンバーの顔総てを確認する暇さえなかったということもある。
と同時に、数えること自体どこか虚しく感じられるので、何かによって表現するので十分だと
常日頃感じているのも事実だろう。いっその事、算数の問題は研究者にお任せしよう、と。
はて、こんな呑気なことを言う反面、現実には15種類以上の共感覚と日々を共にしている。
愉快、爽快、嬉しい、疲れる・・・共感覚者としての私の生活はそんなものではないかと思う。
ここまで多いのはどうやら普通ではないらしいが、私にとっての普遍とは現状そのものだろう。
では、なぜたくさんあるのか。幾つか仮説を立てることも出来るが、文字の色という分類から
一先ず話を展開してみたい。ある種のパラドックスは超えねばならないが、一つ旅を始めよう。
私に文字の形が上手く見ていないのは、これまでも何度かここでも書いたことがあろうか。
子供時分には当然このことで多く躓いたのであるが、書き言葉よりも先に聴こえていた色彩、
つまりは発音の色彩と"不完全なまま"の滲んだ文字とを組み合わせることで文字を覚えた。
覚えたとは言うものの、未だに克服したとは言えないものだし、別段克服出来るものでもない。
思うに、"視力回復術"の如きアヤシイ話が現実とならぬ限りはずっと読み難いはずである。
誤解なきように述べておくが、私は文字認知に必要とする視覚機能に問題があるだけで、
どんなに細かい建築の図面も正しくきれいに読めることからして、眼はきちんと見えている。
何ミリセカンドの世界で文字が滲んで見えたり色彩が見えたり。共感覚は在るというのに、
字形の認知に関するフィードバック・システムだけなぜかエラーを出す。意識は優れものだ。
小さい頃からずっと同じであるこの状態、見方を変えれば奇跡に近いとすら思えて来る。
学校時代、通常ならば字形と音や意味を結び付けて物事を理解していくはずのところを
私は文字の色彩と音と意味を繋いで勉強に励んでいたということになる。実に奇妙である。
色彩認知における"滞空時間"が他者の場合より遥かに長かったはずであり、ともすれば、
匂いを嗅いだり、何かに触れたりしながら言語の色彩に注意を払っていたのかもしれない。
そう考えると、文字の形から"解放"されていたことで共感覚を感じ易かったのではないか。
別段、私は注意力散漫なタイプという訳でもなく、どちらかと言えば動かなかった子どもで、
尚のこと色彩の温泉に浸かったまま過ごす時間が長かったのだろう、誤診にも遭ったのに
二年と少し経った今では3歳児・5歳児と同じ感覚が手元に在るとすら感じられる日々だ。
自分の名前が実は2・3歳の頃に飲んでいた喘息薬の甘く苦い味と同じだったりするのは
笑い話のネタにもなる一方で、薬局の紙袋に書かれた細長い"
ナ"との関係も否めない。
日本語を第一言語として生活している以上、文字の色は増える一方であり"忙しさ"も増す。
そんな中で、香りや味が文字と同じ空間をシェアして生活しているのは何だか微笑ましい。
三つ子が一枚のふとんを分け合って川の字に寝ているようなものか。嗚呼、愉快な暮らしだ。
共感覚に"ありがとう"と感謝するのは言うまでもないこと。どんなに疲れても役目は変わらない。
一度は疎開していた彼等が戻った生活は実に平和で喜ばしい。幸せとは、こんなものかしら。

- 2009/06/25(木) 01:05:47|
- もじいろ おといろ
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少し前に、とある人物から「忘れることも人間の能力ではないか」との言葉を聞いた。
何と思慮深い言葉なのだろう、私は暫し感嘆して頭の中が飽和状態に陥ってしまい、
寝かせたり、遠ざかったり、触れたりしながら、その意味を深く深く考え込んでいた。
共感覚者は記憶力が優れているもの、という漠然とした思い込みが強かったからか、
一つの尺度でしかものを捉えていなかった自分の姿勢を見直したのは言うまでもない。
不自然な形で記憶を失った経験、というのは誰しも受け入れられないものであって、
生じてしまった空白をどのようにして運用しようかと立ち止まってしまうのではないか。
一旦立ち止まるのは、新たな記憶の量を増やすことで全体のバランスを保とうとして
もがいている状態なのかもしれない、と私は自分の経験から考えているのであるが、
現実として、内的世界の成分が急激な変化を遂げているというのは事実かと思う。
私の場合、記憶が消えた時に人間としての種々のこだわりが姿を消したこともあり、
自分が軽薄な人間に思えて仕方なかった。そう、深みのない感覚を覚えたのである。
ある人々にとってはそれが"ヒトとしての成長"という、どこか虚しい成果になること、
記憶喪失に遭った張本人である私からするならば物凄い侮辱と感じたものである。
自分の肉親を喪った者に同じ言葉を掛けたらどんな意味を持つか、と同様の話だろう。
他者の記憶形態がどんな状況下にあるのか私は事細かに知る由もないのだが、
自分のそれを振り返ると、共感覚の傾向との相関性を考えざるを得ないと感じる。
兎にも角にも視覚記憶に総てがまとまっているため、強いて言うならば分かり易い。
聴覚記憶も色彩としての視覚情報に変換されている、そんな印象が相応しいし、
味も香りも何もかも、傍から見ればおかしな絵の中に全員集合していると言える。
共感覚等の誤診が発覚してショックを受ける前にも実は一度記憶が無くなっている。
その時も同様であるが、言語の記憶が平坦になってしまって使い物にならなかった。
音としての言語を思い出さない、或いは思い出せない、不便は無いかと聞かれると
共感覚の在る自分には相応しい答えが見つからない。そうなっているものと感じるし、
思い出されようと、そうでなかろうと、私にとってはそれが自然な状態なのである。
視覚、特に空間的要素を含んだ視覚情報の記憶力が人よりも強いとは思うのだが、
全体的なバランスで言えば言語そのものとしての記憶はひどく乏しいということになる。
しかし、生物的には申し分ない。言語記憶が無くても、動物は逞しく生きているのだし。
ある時期の私の画像の記憶、実は未だに白黒の画像しか思い出せなかったりするが、
それとてハチ公の記憶同様に尊いもの。"ヒトが素晴らしい"なんて発想は馬鹿げている。
フラッシュバックが起こることはあるにしても、私の場合は音声の記憶があまりない。
これはある意味では救いであり、必要以上に恐怖を感じずに済んでいるとさえ感じる。
少なくとも、言語中心の対話ばかり望むような相手とでなければ私は安心して過ごせる。
では、私は言語を総て忘れているのだろうか。共感覚の情報さえあれば思い出せる、
そんなことを加味すれば私は忘れていない。でなかったら、今も話してはいないだろう。
色彩→意味の回路が強いために表向きには苦労していないように見えてしまうし、
元来、気丈に振舞おうと必死に努力する性質である、記憶の惨状は見せまいとする。
いつしか、壊れたものを壊れていると考えなくなってから多少は救われたかとも思う。
ヒトの社会に在る"標準"からすれば私の過去の記憶には丸印も付かないだろうが、
一方的に進む時間の概念を捨象するならば、必然だけがそこに在ると思えて来る。
今考えると、私の頭は色彩を記憶する一方で"言葉そのもの"は忘れることに長けている。
その根本には世間でいうところの障害の存在があるだろう。しかし、実際どうだろうか。
生きるという観点から見れば自分の脳はそれなりの生命力があるのだとすら感じるし、
言語に執着するだけの場合よりもよほど共感覚の恩恵に与っている気がしなくもない。
思うに、色彩言語以外を私が捨て去った理由もここに在る。命の恩人を忘れられようか。

- 2009/06/15(月) 00:30:36|
- 数 と くうかん
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共感覚者として知覚すること、考えること、表現すること、これらの関係性とは何か。
一繋がりに総てが在ると感じる者在らば、太陽と冥王星ほどの距離を感じる者も居よう。
私にしてみれば、どの要素も交わらないと感じる時もあれば、その逆も存在している。
兎角、こうして言語に現れる"結果"を見れば自分自身でも傾向を読み取れるものだが、
そのような表層はどこまで意味を持つのだろうか。暫し、表現以前の空間に戻ってみよう。
はっきりと自覚していることだが、私が共感覚をアートにする時は感覚とは掛け離れた
コンセプトを掲げた上で表現を行なっていることがそれなりにあるのだ。知覚そのものを
じっくりと表現することは数%の場合を除けばほぼないに等しいのではないかと思う。
痛みの色を絵にする、文字の色を書き出す、というのは共感覚に忠実に表そうとするが、
音楽や風景ともなれば、人工的なメディア・アートとの違いを見つけるのも難しいだろう。
本来ならば純粋な共感覚のみを表現していたいし、その方が当事者としては心地良い。
敢えてアートとして昇華させる意味は何たるや。その答えは非常に複雑で言葉にならない。
元々、建築という人工物の表現を専門とする私である。戦略的な表現手法が身に着いており、
そういう意味では、自然な共感覚の姿を表現するのは"とっておき"の行為に他ならない。
共感覚とは生きている世界そのもの、なぜにこれが単純化されてよいだろうか、と思うのだ。
時折共感覚アートを人に見せると「こんなふうに見えるのですか」と正真正銘の"アート"に
想像以上の感嘆の表情を返してくる方々がいらっしゃるのだが、ある意味では興味深い。
そこで真顔で「はい、この通りですね」と冗談を言っても良い。しかし、それではまずいだろう。
内心、共感覚の真の姿を、つまりは既成概念に基づく美を打ち破った美を分かち合いたい、
と考えてはいるが、その夢が果たされることはないだろうという諦めの感情もなくはない。
表現の意図をプログラムとして体系的に計画する建築に対して、共感覚表現というものには
一般的な意味合いでの"計画性"がほとんどない。逆に在ったら気持ち悪いとすら感じるが、
抽象的な概念に置き換えることなく表現媒体を使いこなすまでにはそれなりに苦労もある。
理論に落とし込んだ共感覚というのは現実には感覚表現ではなく芸術に成変わるとはいえ、
怒りに近い感情と共に自分の感覚だけを眺めている気分、試した者にしか分からないだろう。
共感覚の学術的な背景を具に探究してから表現するというマナーもない訳ではない。実際、
私にとっての共感覚と建築の関係性はそういった学びの上でしか成り立たないこともあるが、
学術的痕跡を表現から敢えて消すというのは考え尽くした末の選択と言うべきではないか。
地理学や言語学に明るくなければ建築の空間論を理解出来たものではないが、"ファサード"
としてのプロセスは隠喩と成り果せる。共感覚の表現も、同様のことが潜んでいると言えよう。

- 2009/06/13(土) 23:59:20|
- 共感覚/synaesthesia
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再び文字の読み難さについて。いや、共感覚的な読み易さについて書き綴ってみたい。
私のように共感覚の色彩と意味を直結させて言語を理解していると、仮名、アルファベット
と言った文字種の違い如何で読み難さを感じてしまうこともある。この理由はなぜなのか。
読み難いからと言って、それを言語の好き嫌いに結び付けるのは少々短絡的な姿勢だろう。
多数派の論理とは一線を画した共感覚の技術革新、ここで一度振り返ってみることにする。
文字列の色彩を言語の意味へつなぐ共感覚者、実のところほとんど出会ったことがない。
国内外の文献中でも"同じ"と受け取れる体験談を読んだことはないに等しいのではないか。
別にこれが事実だったとしても今の私は構わないし、同様の感覚を共有したいとは感じない。
なぜなら、代替手段で言語を運用するのは脳に相当な負担を掛けるので合理的とは言えず、
私と同様に連日片頭痛で悩まされる人が地球上に少ないことに越したことはないからだ。
色彩で言語を学ぶとひとえに言えど、その手法は決して一つではないと私は考えている。
文字の種類で読み方を変化させていると言っても過言ではなく、これは技術だとさえ思う。
共感覚の文字の色というのは脳機能の"独断で"決定されるものであり、本人の趣味とは
一致しない色合いが現れることも往々にして起こり得るし、それが必然なのではないか。
思うに、快・不快だけで選別していたら私もこうして文章を打てるほどには育たなかったろう。
敢えて言うなら、日本語の方が文字の数(=色)が豊富なので頓着せずに読むことが出来る。
色彩の違いだけでどの文字なのか判別出来る訳である。これほど素敵なこともない筈だ。
漢字であればそれこそ意味との照合も行ない易く、色彩そのものの拡がりを楽しむ点では
私でさえその余裕を残されており、意味を解することへの意欲も存分に残されていると思う。
自然体での共感覚により近い環境条件という方向性から見れば、日本語は申し分ない。
一方で、西洋文字の共感覚は文字数が少ない割には解読の仕方が非常に複雑である。
幼少時に海外に住んでいた頃は、読み難さゆえにそれほど当地の言語も読めなかったが、
大学に入ってから建築の専門的知識を得る際に共感覚技法を新たに思い付いたと言える。
それは"声に出して読む"というひどく基本的な作業でしかないが、効果は絶大だと感じる。
文字→色から発音→色へと注意を傾けることで、意図的に共感覚の情報量を増やすのだ。
もし仮に、私の舌と耳が英語とオランダ語、ドイツ語の発音の違いを色彩の豊かさとして
認知出来ないのであればこの手法は何の意味も成さないことだろう。言い換えるならば、
外国語の文字をカタカナ発音している限りは、意味も精確には掴めないということになる。
触覚的要素を伴った発音の理解、共感覚者以外にどう映る事象なのかは分からないが、
空間という類希な存在を無視しては粒子の如き光の動きまで知覚することも難しいだろう。
今考えてみると、私の文字の色彩はここ数年間で在り得ないほどの変化を経験している。
誤診されていた期間に薬物で共感覚が消えたことは決して小さな問題とはみなせない。
一時期は極端に薄くなり、逆に濃くなり過ぎて生活で不便したことも始終在ったと感じる。
そんな時は文字種に関わらず困難を覚えた訳であり、こうした手法の違いまでは知れず、
嵐が治まるのを待つしかなかったが、漸く日の出と日暮れが判る地点までたどり着いた。
"個"は"孤"ではない。共感覚の認知以前に、建築学にある言語学的要因と空間論とを
自らの知覚世界と照らし合わせて探究したことも在るが、今はどうでも良いと思っている。
相違点があろうと、共通点があろうと、それは私自身の感性の行方とは関係がないだろう。
私の文字色認知の仕方を文化的諸相で斬ることは出来ず、それには意味もないと感じる。
二枚の油絵を前に色彩の関係性を語っても仕方ない。その表現手法は無限に在ろうから。

- 2009/06/11(木) 23:31:24|
- もじいろ おといろ
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文字→色の共感覚により言葉の意味を理解する、とは果たしてどのような状態なのか。
あくまで私固有の共感覚について以下に述べていくものとするが、何とも不思議な話だ。
これは"共感覚そのもの"というよりかは、この現象の延長線上に位置する事象であり、
正しくは文字→色→意味という構図が相応しいかと思う。誰にでも当て嵌まるのではなく、
大多数の場合において当て嵌まらない、そんな地点から話を始めてみることにしようか。
初めに触れておこう、私にとって言語学的な範疇での文法はほぼ意味を為さない、と。
どの言語で考えていてもこれは同じである。伝える要素が身のまわりの空間に浮かび、
これまで覚えたとおりに色彩の並びを表現することで、毎回意思表示していると感じる。
聴覚的というよりかは視覚的な世界の在り方か。無論、自分では何一つ疑うこともなく、
他者の言う文法的理解を通してではなくとも、十二分に事足りるのではないかと思う。
では、学校では文法も解せなかったのかと言えばそれは違う。あれは色彩ゲームであり、
あたかもカードを並べる順序を記憶するだけの"物真似"と私は思い込んでいたようだ。
トランプで神経衰弱を遊ぶような行為で言葉が分かるものか、と疑問に思ったのも当然で、
二十歳過ぎるまで
OSVと
SOV、
SVOの違いが何なのか知る必要さえも感じていなかった。
良く言えば勘が冴えていたのであり、悪く言えばテンネンだったという外ないのだろう。
動物的と言ってしまえばそれまでだが、海外に住んでいてもそれで用は済んでいた。
脳のどこを使ってヒトは言葉を扱うかという"一般論"からすれば恐らく私は異端であり、
空間を理解するために取り置かれた筈の領域を言語理解に勝手に"拝借"している、
そんな様相が見え隠れして来る。何でも、キコクの子どもらが第二言語を学ぶ際には
この手法も珍しくはない。人間の感覚と言語は有限と無限の隙間を生きるということか。
外国語を文法から理解しようとすると、当然ながら感覚がブレーキを掛け始めてしまう。
助詞がどんな働きをし、主語と動詞がどの位置にあり・・・と遣り始めては話にならん。
目の前に置かれた色彩、すなわち、自分の言わんとする事柄をどの順序で伝えようと、
それらの色総てを口にしないことには外国でもどこでも意思は宙に浮かんだままだ。
間違ってもいいから試してみる、子どもの勇気とは何物にも換え難い贈り物ではないか。
そうして試行を繰り返す中で覚えた風景も私の外では"文法"に成り代わって行くらしい。
されども、視覚として私が知覚する"共感覚語法"はそのまま今でも生き続けている。
現実、時間の存在を捨象することでしか成り立たない話だが、使い勝手は悪くもない。
元々文字を読むのに難しさがなかったなら、字の形より先に色で意味を理解しようとは
思い付かなかったはずだ。イロイミ文法で書く文章、彼方にはどんな姿に映るだろうか。

- 2009/06/07(日) 20:47:25|
- もじいろ おといろ
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何の悪戯なのか、私の場合文字のフォント如何で共感覚の光の表情が変わって来る。
明朝体の光は"痛い"のに対して、ゴシック体は"怠けている"などと言葉にしたところで、
現象世界の光がどう動いているのか、他者に事細かに伝わることはほぼありますまい。
されども、これは活字体としての"標準"に収まる光の変化に過ぎないと私は感じている。
手書き文字に感じる共感覚にはそれ相応の重みが在ると思わずにはいられないだろう。
2年少し前に共感覚を認知して以来、長きに亘って疑問に思って来たことが一つ在った。
共感覚のテスト上で目にする文字色は(海外のテストゆえ総てアルファベットの話である)、
どういう訳か私が海外で生活していた頃に見ていた色彩とは大幅に見え方が違っている。
大文字と小文字の色彩に差異があるのも然ることながら、それ以上に光が別物であり、
夕陽を眺めているはずがよく見たら蛍光灯だった、というほどでガックリした記憶さえも。
こんな悪さをした主の正体はフォント、いや書き手の"筆跡"の違いにあるのではないか。
実を言えば、私は小さい頃通っていたオランダの小学校でブロック体を習ったことがない。
使うことが許されていなかったという方が正しいが、筆記体しか教わった覚えがないのだ。
今から考えてみると、かなり古風な学校である。筆記体を、それも万年筆で書いていた。
教科書や色鉛筆同様に学校から貸与される自分専用の万年筆、思えば不思議な話か。
当時の算数のノートには、青い万年筆の"血痕"が幾つも居座っていて不気味な様子。
何もかも筆記体で書き通す経験、日本に居たら決して味わうことのなかったことかと思う。
日本で言えば、小学生が行書体で全科目を学ぶような環境、先ず現代ではないだろう。
一斉授業の形式を採らない教育制度の下では私の共感覚勉強法も存分に活きていて、
異邦人ではあるものの、共感覚の光と影を味わうだけの余裕も残されていたのである。
帰国して通った中学校で"筆記体は難しい"という理由でほとんど書かされなかったが、
懐かしの光に出会えるのなら、との思いから私はテスト以外では筆記体で通していた。
ローマ字を小学校で習わせるにしてもそうだが、それほどに筆記体は難しいのだろうか。
その習慣がなければ気付かないものの、力の加減、筆の運び方は仮名文字と似ており、
曲線的な動きの中で感じられる共感覚はゴシック体では一度として感じたことがない。
色彩的な光としての特徴を述べるならば、筆記体のそれは柔らかく親しみを覚える。
尤も、ゴシック体のように線的に筆記体を書いていてはこうも感じられないものである。
無数に散らばる点と点の間を駆け巡って躍り、果ては崩れていくような感覚というのは
何もアルファベットを書いている時にのみ感じているものでもないと思うのは私だけか。
やはり、共感覚は日常に生きる生物なのだ、と一人呟いては夜明けを待つことにしよう。

- 2009/06/02(火) 00:37:09|
- 海をわたる
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時折、私はどこの文化圏の人間と思われているのか、と考え直してしまうことがある。
海外経験を隠していても、逆に公にしても、十中八九誤解されるがためにこう思うのか。
よくよく振り返ってみれば明らかだが、私の精神世界は共感覚による文化が中心にあり、
どこの文化圏ともつかない感性の中で生きて来たのではないか。海越えて生きること、
これによって共感覚者としての本分は変わらなかった、そんなことを書き綴ってみようか。
兎角、海外での生活を基準に私がものを考え、言葉を話しているのと思い込む人も多い。
現実にはこれは甚だしい誤謬に他ならず、どんな知識をもってしても正しくないと感じる。
私の中での海外経験は年月にして4年半であり、その濃度も次第に薄まって来ている。
当時のことを鮮烈な記憶として想起することは在ったにしても、特別だという訳でもない。
何しろ、私は海外に憧れを抱く部類でもなく、現実としてのそれを知っているだけだから。
私がいたオランダという国は地球儀を小さくしたような空間で、複雑な環境でもあった。
現代日本よりも余程アジア的な場所に巡り会ったものであり、何だかあべこべだろう。
多数の文化が平和のうちに過ごしている空間である、当地の人々にもその心があり、
彼等の文化を強要されたことが一度としてないのは何にしても感謝を覚えることだが、
あの地での私は日本に居る時よりも日本を感じていたし、そういうものだと思っていた。
実を言えば、「自分は海外にいた」ことを意識せねばならなくなったのは帰国してからで、
あたかも浦島太郎の如く、日本が日本ではないことに逆に疑問を感じ始めたと言える。
中でも奇妙な感覚を覚えたのは、日本人が海外を完全な"他者"とみなしていることか。
少なくとも、共感覚者としての本音を言えば私にとって海外は他者でも自己でもないし、
身体的拡がりの一部として私の感性は地球の表面を生きているのだと感じてしまう。
「ここは日本だよ」と言われたことは何度となく在ったが、その度に強い悲しみを感じた。
無論、共感覚の認知はもっとずっと後のことなので仕方はないが、手や足と同じように
私は海外を知覚しているのである。そうして日本を分ける意味が分からぬままだった。
いや、分かる・分からないの前に体の一部が切り裂かれるような苦しみを覚えていた。
目の前の相手が平然と日本を分別するその様子は、何とも悲壮感を感じる事態だ。
今でも、大よそアジア的とは言えない切り裂きジャックに時々対面することがある。
たとえ共感覚者であっても私の身体観を理解する前に「海外ではどんなふうですか」
と臆面もなく尋ねて来たりするのには、驚きと言うよりかは悲しみを隠せずにいる。
感情を露にすることも出来るが、経験上、私は"海外生活経験者"を演じ切ることで
相手の微分された感覚を覆い隠すことにしている。事実、総ては経験と智だろうから。
共感覚者として海外を生きるのは、ある意味では苦痛を伴うことなのかもしれない。
オランダのような多文化社会ならば話はこの限りではないが、排他主義に従えば、
自らの感覚とは逆ヴェクトルで
理解されてしまうことが多くなる(実際には
誤解である)。
これはつまり、感覚によって存在する感性の世界を他者が刈り込んでいくことによって
意志とは相反する形で自己認知を迫られる、とも言い換えられるのではないだろうか。
実際、事あるごとに当ブログでも触れている私の誤診経験もそんな誤謬に起因する。
今でこそ自分の脳内構造に興味を持っているが、元来私にはそういった習慣はなく、
現象的世界をただひたすらに"生きる"ことで日常が恙無く流れていたような人間だ。
共感覚研究の論文を読みはしても、その総てを鵜呑みに出来る筈もないのであって、
咀嚼するにはそれなりに違和感を覚える状態に身を置いていることも付け加えておく。
確かに、海外経験が発端であちらの文化圏に心身共々自分を移してしまう人もいる。
十代の頃は私とて感覚的苦痛ゆえにそういった生き方に魅力を感じたこともあるが、
現実にそうしたにしても、身体論的に何の変化も望んでいないことに気付いただろう。
オランダという類希な環境下でなければ話は別だったかもしれないが、私の共感覚は
あの地を経験したから、悲惨極まりない誤診を生き延びる余地があったのではないか。

- 2009/05/17(日) 22:30:29|
- 海をわたる
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痛覚に共感覚を感じることがある。色彩や形、手触りとなって痛みが知覚されること、
これがいかに特殊な状態か、当事者として振り返ると種々の様相が見え隠れして来る。
果たして、痛みとは何なのか。なぜ痛みに不快感を覚えるのか。疑問は尽きないだろう。
この共感覚は、言うなれば、主観性のパズルを解くきっかけにもなるような現象であり、
"苦痛"の一言で痛みを片付けてよいものか、と私に問い掛けてくる体験だと感じている。
まず初めに書いておこう、私の日常は痛みと共にあるのだと。もはや、表裏一体である。
一月のうち持病の片頭痛に悩まされないのは多くても10日間、そんな環境下にあるため、
文字や数字、音楽等の共感覚と同様に身近な存在として意識し始めたのかもしれない。
別段騒いだからと言って発作の回数が減る訳でもないし、共感覚を強く感じている以上、
痛みは避けられないと観念したから、こうも悠長なことを書き続けられるのではあるが・・・。
はて、幸か不幸か、傍から見て私は痛みに鈍感な人間であるかのように映るらしい。
現実にはヒトの感じる痛みは主観的事象であるゆえに当人以外には分かられもしないが、
私が耐え難い頭痛を感じているのに、大よそ痛がっているようには見えないことが多い。
「本当は痛くないんじゃないの」と疑われて、逆に物凄いショックを受けたこともあるほど。
今から考えても怒りを感じる話だが、簡単には痛みを外に出さない体質なのだと言おう。
が、あたかも苦痛を感じていないかのように見える訳を、もう少し紐解いても良いだろうか。
痛みと同時に共感覚を感じていると苦しさから意識を遠ざけることが出来る、と私は思う。
無論、身体が苦痛によって蝕まれているのには変わりないが、心理的には安らぎを感じ、
年がら年中ただ痛みを感じ続けるよりは余程まともな世界を味わっているのではないか。
痛みの不快感とは裏腹に柔らかい光を感じる、これは皮肉でもあり、救いともなっている。
基本的に共感覚には好き嫌いを設けない方が良い、と私が感じるのもこのゆえなのか。
その不快感ゆえに片頭痛の色彩は嫌われて当然だが、敢えて私はそう考えないことで
笑顔を忘れずに生活することが出来ているのかもしれない(しかし、これは大事な姿勢だ)。
と、ここまで書いて思うのは、実際に私の痛覚が鈍っている訳でもないということだろう。
必ずしも意識的行為とは言わないが、あくまでも共感覚は人間的な感覚だと感じている。
片頭痛と共感覚を誤診された、と言っても一度に理解されない理由には幾つかあるが、
閃輝性暗点があることと、痛みを色や形で表現したことが不幸を呼んだのかもしれない。
いずれも視覚情報であって痛覚とは一切関わりのない事象と言い切ってよいのだろうか。
脳の神経回路がそこまで単純なら、人生どれほど退屈だったろうと逆に私は懸念する。
共感覚という大草原をまだ見尽くしたとは言えない私にとって、先はまだまだ長いだろう。

- 2009/05/16(土) 15:45:52|
- 共感覚/synaesthesia
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文字に知覚する共感覚の中に、文字→人格という極めて謎の多いものがあったりする。
謎の多い、などと言っておきながらこの私も日々感じている。では、謎解きをば始めよう。
はじめに断っておくが、共感覚は個々人パターンも異なれば感じ方にも大きな幅がある。
あくまでも私の感じている世界の中でしか、これからの記述は当てはまらないことだろう。
兎にも角にも、この共感覚の恩恵を存分に受けている私としては書かずには居られまい。
文字に人格、この事実を素直に受け留められなかった非共感覚者の驚きはおもしろい。
いったい私が何を感じているのか分からぬままに怒鳴りだしたセンモンカもいたほどだ。
いや、かのお方は字義通りに文字に人格が"宿っている"とでもお考えになったのか、
私をビョーキ扱いすることによって自分の驚きと無知を隠し通そうとしていたに違いない。
そうだ、知覚している世界をそのまま口にせぬ方が良いのは何人にとっても同じだろう。
迫害されること必至のこの共感覚でさえ、日本の向こう側では真面目に研究されている。
彼等が関心を持っているのは人格の中でも性別や性格だったりするのだが、私としては
これに関しては保留にすべき点があまりに多いので、ここでも触れるつもりは更々ない。
強いて言うならば、私が文字に感じているのは人格と言うよりかは"相貌"なのだと思う。
カッコイイとかカワイイの範疇ではなく、正しく顔の形そのものに近い感覚を覚えている。
文字に読み難さを訴える人々の中では文字→顔は共感覚者でなくとも割と知られている。
ただし、この場合には「文字が文字に見えず、人の顔のようにしか感じられない」と訴える。
そうして比べてみると、色彩のフォティズムとセットで文字に顔を感じる私とは意味が違う。
彼等が読み難い"原因"として捉えているものを、私は読解の道標としているではないか。
何も私の世界観が総てあべこべなのではなく、共感覚とは実際にそういう現象であろう。
文字と言わず、私は人の顔を記憶することに関しては長けていると思う。見ず知らずの人も
一度道で擦れ違っただけでも覚えてしまえる。ある意味でこれは非常に疲れるのであって、
10年前は私なりに悩んでいたりもした。がしかし、今になってみればカラクリは明らかだ。
日本語のように文字種の多い言語に日々接していれば自ずと"顔"の知覚が習慣になる。
少なくとも、私が文字の読み難い共感覚者として生まれなければ起こり得なかった話だ。
文字に感じる色彩が被服となり、字形に覚える手ざわりが顔となる。よく考えてみると、
何かがおかしいことに気付く。そう、全体像としては"ヒト"の姿をしている訳でもなくて、
敢えて言うならば、パーツだけを知覚するから私の中の文字イメージがそこに在るのだ。
抽象的概念として組み換えていたなら、文字の相貌は何一つ役に立たなかったはず。
感覚そのものを手頃な方法で使いこなすには、逆に考えない方が良いのかもしれない。
世間には共感覚を障害と捉える人々もあろうか。しかしながら、こんな珍事も存在する。
幾つかの障害を足して割ったら表向きには分からない、そういうことも在っていいのだ。
現実、当事者がどんな共感覚を持ち合わせているかによって認知される世界も違うし、
個の中でも行方は知らない。私が誤診されていた間は文字の顔も色も消えていたように。
はて、この"相貌失認"の意味は何か?言うまでもなく、記憶喪失ということになるだろう。

- 2009/05/13(水) 00:50:16|
- もじいろ おといろ
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共感覚を研究する時に何を目的とすれば当事者にとっても意義があるか、というのは
国内外の共感覚に関する研究報告を見ながら時折私が考え直す事柄の一つである。
オープンエンドな事象であるがゆえに共感覚研究の方向性も多岐に渡るものであり、
一共感覚者として疑問に思うこともある。心身の健康にも関わる知覚現象である上に
"個"そのものの意味合いが非常に強い。ここで一度振り返ってみても良い議題だろう。
研究者ではないが、私自身共感覚に関する文献は自己理解の一端として読んでおり、
当事者として日常的に知覚する事柄を解きほぐすのは実りの多い作業と感じるところだ。
私は片頭痛と共感覚両方についての誤診経験があるためか、普段から悩むことも多い。
科学的な枠組みに客観的に落とし込むことで昇華される苦痛もそれなりにあるからか、
アートとしての自己表現と全く別の視点から共感覚を斬ることには快感さえ覚えている。
「この研究は本当に社会的な意味があるのか」と問い直すのは何にしても大切だろう。
しかしながら、ここで共感覚特有の問題にも触れておこうか。そもそも共感覚は個性で、
社会集団への一般的応用が利くとは断言出来ない。訓練で身につくものでもないし、
共感覚者間の"傾向"というものに半分以上信憑性がないと言っても言い過ぎではない。
当事者本人を生きてみないことには学説の正しさも証明されない、そんなものである。
私が最も"危うさ"を感じるのは共感覚体験"全体"で結論を出してしまうような研究であり、
知覚しているディテールから考察しないのは、ともすれば倫理的にも問題があると感じる。
実験としての数値やデータがあったとしても、当事者の望まぬ方向へ論理が持って行かれ、
共感覚者として深く傷ついた経験さえも記憶にある。事実を解明するのには問題なくとも、
事実を踏み潰してまで研究を遂行しては学問的な稚拙さが露呈されるだけではないか。
元来、共感覚というのは当事者の自発的発言・参加なしには何の解明もされ得なかった。
あたかも研究者独自の予想を打ち破るために共感覚者が存在する、と言った印象がある。
仮に研究者自身が共感覚者であれば、尚のことその"気づき"は重要さを増すものだろう。
固定観念とまで行かなくとも、主観的に認識する共感覚が現実と距離感を持つこともあり、
二重写しの世界観を理解することは双方にとって深みの在るプロセスを生み出すはずだ。
最初から実験結果の予想がつくような研究は共感覚研究としては"似非"だと私は思う。
私自身、とある理由から苦悩の総てを他者に話すことを止めたのもこのゆえだと言おうか。
期待を裏切られること、ある意味でこれは共感覚者の宿命でもある。先は何も分からない、
そういった不安の入り混じった感覚なくして共感覚の何が解き明かされると言うのだろう。
失った感覚を奪い返した身としては、清水の舞台を飛び降りる研究に魅力を覚えるものだ。

- 2009/05/08(金) 22:02:51|
- 共感覚/synaesthesia
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