seek for sounds, step into forms...

* * * * * 色とともに生きる共感覚者から * * * * *

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言語の多様性と思考

共感覚の傾向や規則性、これら自体はさして討論する必要性のないことに思う。がしかし、
それが思考過程へどのような影響を与えるかについては、多いに興味をそそられるものだろう。
言語の違い=共感覚の違い、と知覚する自分にとっては遥か遠い昔から考えてきたこと。
何を隠そう、学校ではオランダ語、家庭では日本語と使い分けるコツは共感覚の配色だった。
その色の違いで自分の趣味趣向が瞬時に変わることもあるのだという自覚は今も昔も同じ。

無論、使う言葉で共感覚の色が変化するかといって人格は一つのままであり身体も一つ。
ついでに付け加えれば、言葉以外の共感覚はそのまま。オランダ語を話しているからといって
不味い食べ物は変わらないし、痛みや嫌な匂いを都合よく楽しいものにする魔法なんぞ知らぬ。
要するに、言語的要素に現れる共感覚の特徴は私の考え方を変化させ得るのだということ。
如何に言語が人間の思考に影響を与えるものか、つまりはそれが言いたいのである。

ものを考える言語が多ければ多いほど、その顕著な違いに戸惑うものなのだろうか?
海外に住んでいたにも関らず、当時の私は英語をほとんど知らなかった。それだからなのか、
緩やかにオランダ語と日本語の間を移動していただけに思う。ちょっくら庭先に出る程度の違い。
だがいつからか、一本の線分だけでは事足らなくなってしまった。幾何学は複雑化する。
英語という、実に厄介な第三者の登場、言語で象られた妙な逆三角形、ここに誕生す。

ごく普通に日本の中学校で習っただけなのに、過激な色のアルファベットにまたも軍配が上がる。
鬱屈とした中高の頃に出国願望が喩えようもなく強化されたことで、英語も思考過程に入り込み
いつの間にか揺ぎない地位を確立してしまった。読み書きに文法、話法、そのすべてが
英語の共感覚とともに脳内に刷り込まれていったと言ってよい。さて、ここに来て一度振り返る。
学校での英語にはからっきし興味関心がなかった私にとって、新言語の習得は何をもたらした?

共感覚的楽しみだったのは認めるが、英語の共感覚のもたらす配色の体系が理論的で、
それでいて情緒ある言語だということにいたく感動していた節がある。誰も知らなかったとは。。
同じローマン・アルファベットの言語であり、且つゲルマン系言語であるオランダ語と英語、
さぞかし似ているのだろうと思いきや、まるで似ていないのだからそれまた私を惹きつけた。
オランダ語のAはオレンジ色が強烈で不快なのに、英語だと落ち着いた赤色に近い、など、
共感覚としても申し分のないその言語、数学や論理学を学ぶ上でも後々役立ったといえよう。

主観的な認知の構造としか呼び様のない共感覚がいかにして学問的関心を築くのか。
言語の共感覚の多様さを考えると、そんな議論まで持っていきたくなってしまうのは性なのか。
私の専攻は建築だが、これが共感覚とどのような関係性を結び得るのか知りたい気持ちは強い。
何分、共感覚について知り果せたのは大学を出る頃の話。いつかぜひ探究してみたいと思う。
知覚そのものを現象として探究する、何も浮世離れした理論だけがそこに通ずるのではなく、
環境や思想の中で変化してきた産業体制すべてがそれに何がしかの形で結び付くのだと感じる。

当然ともいえることだが、共感覚はパーソナル・スペースの中でのみ知覚される脳内現象であり、
対する建築は「個」の枠組みを多いに逸脱した領域で計画され、構築され、そして生きてゆく。
私の想像の及ばないほどに多くの言語が世界に存在するのと同様に建築も多様性とともにある。
共感覚の種類の多さに私が教えられたのは「多様性を認める」ということなのかもしれない。
無ではなく有を求め、有の中に個を見る。純粋な姿勢でものを洞察すること、永遠の目標だろう。
その対象が物質であれ、人であれ、自らの粗をどこまで取り除いて思考できるか試したいものだ。


nachtwachtdachtoverkracht
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  1. 2008/04/30(水) 00:07:51|
  2. 共感覚/synaesthesia
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その言葉は誰のものか

小さい頃、ヨーロッパの西のオランダという国に住んでいたことがある。
5歳になるちょっと前のある日からその土地で私は4年半の歳月を過ごしていたことになる。
あれほどまでに刺激的だったことをどうして忘れ得ようか。二十歳を過ぎてからよりも鮮やかだ。
そう、それ以後に記憶が無くなったことはあるのに言葉も色もちゃんと覚えているのさ。

初めて向こうの幼稚園に行った時のこと、未だに笑えるような話が残っている。
"Wat is jouw naam?"(君の名前は?)と園児に聞かれたらしいのだが、私は当然何もわからない。
母に「あなたのお名前を聞いているわよ」と言われたので彼等に「773」と日本語で答える。
返って来たのは"O, 773, wat een mooie naam he! 773, mooi he, mooi he!"という宇宙語。
即座に私は泣き出した。褐色のレンガと三原色のペンキが塗られた世界が涙で歪んだ。

その男の子が言っていたこと、日本では一度たりとも聞いたことのない最上の褒め言葉。
「へぇ、773って言うんだ、何てきれいなお名前なの!773、いいね、素敵だね!」と。
だのに、その言語をまったく解さなかった私は「美しい・きれい・素敵」を意味する"mooi"の発音を
日本語の「もういい」と勘違いしていたのだった。今だからこそ、可愛いわねぇ、で済ませられるが、
私は「773はもう来なくていいって言ってる!お母さん、お家へ帰ろうよ、帰ろうよ」と咽び泣き、
必死に抵抗したのだそうな。わかる気もする。何せこれが社会への第一歩だったのだから。

実は、この頃の記憶に日本語はもう残っていない。不思議なことなのだが。
日本語との別れ、本当は思い出すだけで涙が出るほどつらい。なぜ別れにゃならんの?!
覚えた記憶さえ曖昧な日本語の方を身体は強く求めているというのに皮肉ね。
幸い、それ以後の私は猛烈なスピードでオランダ語を覚えることが出来たが、
この時期に共感覚をどれだけ活用していたのか今となっては正確にはわからない。だが、
友だちと遊んだ記憶よりも、色のモヤモヤした蒸気が自分を取り巻く景色だけはよく覚えている。

鮮やか過ぎる西洋言語の共感覚、なぜ君たちはそんなにも騒ぐのか。静まれ、静まれ!
日本語の淡い色の世界からすればオランダ語の共感覚は途轍もない威力を放つのだから。
そんなもんで、あの土地に行けばすぐに言葉は頭に舞い込んで来る。待ってましたとばかりに。
いったい自分の頭はどこで生まれて、何を故郷と思っているのだろうかと勘繰りたくなるのは
確かな気持ちであり、シーソーのど真ん中で右に行こうか左に行こうか今日も迷う。

言葉に色が見えるから余計にその存在が強調されているのだろうか?とはいっても、
それは私の世界でしかない。共感覚がないのは私が生きられなかった世界なのだろうから。
自分にしかないオランダ語の色の組み合わせがあるということ、何だか妙なものだ。
母国語ではないのに、母国語以上にそれを所有している意識が喩えようもなく強くなる。
「オランダ語を話せばオランダ人」と学校の先生は行ったのだけれども、やはり違う。
満月を決してみることのない世界、そんな切なさの詰まった籠の中にいつの間にかいたのね。

ある時、オランダに帰ってみた。昔と変わらぬ青い空、強い風、いっこうに定まらぬ天気。
住んでいた頃によく家族と歩いた公園に入ってみると、犬と散歩をする人が前からやって来る。
"Hoi!"(やあ!)と声を掛けられたのでこちらも"Hoi!"と返す。見知らぬ人に挨拶するのは、
この国じゃ当たり前。電車でたまたま前に座ったおばあさんともお天気の悪さを愚痴るのさ。
私が遠い異国の地から来たとも知らずに、なぜにそんなに気さくなの?本当に本当なの?

共感覚としての私にとってのオランダ語は、明るくて、色鮮やかで、何でもありの世界。
日本語は慎ましやかで、しっとりしていて、柔らかな感じ。これはあくまでの主観なのだけれど。
そこに住む人間はそれまた多種多様。すべては未知の世界だもの。文化は別次元の賜物だ。
共感覚と社会集団を同じヴェクトルへ結び付けること、私には到底出来そうにない。
これほどまでに留まるところを知らぬ脳の個性がなして共有し得ようか。個には打ち勝てぬ。


Waarom wilt U niet?
  1. 2008/04/26(土) 01:13:35|
  2. 海をわたる
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上に向かい、下をながむ

私は時間単位のほとんどに特有の色や形を知覚している。これも自分の共感覚の一つ。
年、月、週、日、時間・・・どれも螺旋構造をしている時間の形の中を歩いているような感覚だ。
時計回りの上昇螺旋の中を延々と昇り続けるのが我が人生、というのもなんだか笑えるが。
時間の形をじっと見つめると、時間を知覚するということがいかに神秘的なことかによくわかる。

螺旋とははっきりわかってはいるのだが、本当のところ20数年間の形を外から見たことはない。
どんなに過去を遠くから観察しようにも、「現在」に自分のしっぽがくっついたままだからだろう。
常に螺旋階段の頂点に自分が立っているようなもの。別に次なる一歩は見えていないけれど。
もう四半世紀分を生きたことになる。記憶にない自らの誕生はちょうど地面のあたりにある。

毎年手帳や卓上カレンダーを性懲りもなく買っておきながら、もうほとんど使わなくなってきた。
まだ高校に通っていた頃は「社会的な時間の形」に合わせて生きるため下降螺旋を必死に覚えた。
手帳に予定を書き込み毎日確認するだけの行為、自分の知覚の否定を意味していたのか?
不思議なことにそれだけとは思わなかった。螺旋が上下に壮大に広がっていく様といったら!
重厚なパイプオルガンで奏でられたカノンのようにそれは美しかったのだな。今もそうだけれども。

いかに自然なものであるか、時間の共感覚はそんな点で実に興味深い。しかし、
逆に難点もある。その構造は非常に脆いものだから。共感覚が薄れると時間も消えるもの。
螺旋上の色つきの領域から色がなくなるのは私にとってはもはや恐怖に近いことだ。
無論、時間の共感覚を喪失する怖さをここに書くのは実際に自分の身に起こったことだから。
それがどんなことなのか、を書くのにはまだまだ時間が掛かると感じている。あまりに惨い記憶。

時間の形が螺旋であること、どことなく私の時間存在の受け取り方に重みを加えるらしい。
廻れば廻るほどその重みが増す。子どもの頃は「これぞ成長ね!」と可愛らしいことも考えていた。
がしかし、生きてきた中でぽっかりと時間の記憶のない部分があるとこれはどうしたものか。
あたかも振り子のおもりを取ってしまったかのように、思い出が急に記憶の中でふらついてしまう。
時間の記憶がしっかりと、ずっしりとそこにあること。これほどに深い意味を持つことはないのね。

そんな「時間の軽量化現象」を自嘲することもある。アートにすればけせらせら、だろうから。
私のカレンダーの中をいくつもの数字が浮遊していく。まるで過去を知らないかのように平然と。
はて、おまえたちはどこへ行く気なのかね、と物言わぬ数字どもにお尋ねしたいのだがな。
皮肉たっぷりに、と思ってはいてもデフォルメの海は私よりもずっと強かった。そして共感覚も。
せめても、ランダムに並ぶ色つきの数字たちは未来永劫このままであってほしいもの。

柔らかなソファーにどっしりと腰を下ろしたが如く自分の時間世界をゆっくり見渡しては嘆息する。
消えた世界が戻ったことを安堵し、喜びつつも恐怖を忘れることはできまい。それが現実だ。
あの訣別から何回螺旋を廻ったのだろう?踵を返し、斜め下を見る。ああ、それさえ見えていない。
螺旋の数だけ25個分色づいてそこにあり、記憶はないのだと思うと何だかとても切ないね。

さてさて、来月は新緑の美しい真っ赤な5月。今月はピンクの桜咲くこれまた真っ赤な4月でしたが。
漢字の月は青いのに、英語とオランダ語の5月はMで始まるから赤い。実におもしろい。
いつ私が言葉と時間を対応して考え始めたのか教えてくれるだなんて不思議なことだ。
いやはや共感覚さん、そこまで教えてくれてどうもありがとう、なんて呟きたくもなりますよ。


Mei is niet groen, maar donkerrood
  1. 2008/04/24(木) 01:14:49|
  2. らせん と じかん
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何を聴き、何を見るのか

私の共感覚はヴァラエティーがゆたかなそうな。本人はそうと考えることもなかったが。
一時期、危機的なことがあって奪われたのではないかと危惧したこともあったのだけれども、
結局のところ、生まれてから今の今まで共感覚が根本から変化したと確信できる事実はない。
数がたくさんあるから悲しいことも嬉しいこともなく、ただ淡々とその感覚で生きるしかないものね。
けれども、時として混乱することもある。何せ、手が十本生えたような気分にもなるのだから。

五感覚のいずれも視覚の共感覚になる。視・聴・触覚はお互いに手を取り合っているし、
時間・曜日・月・年などの時間も特定の形や色の共感覚がある。いつの間にかそうなっていた。
どれがどれの色や形か間違わずに済むか、といえばはっきりと結論は出ないだろう。
共感覚の勘違いは多分にして起こり得ることであり、このためにそれなりに苦労するといえる。
しかしそうといって失くせば失くしたで相当バランスを崩すものだともわかっている。経験値として。

いつも何かしら共感覚を知覚すること、嫌なこともあれば心地よいこともある。
静かな昼下がりに、お茶を楽しみながら大好きな音楽にでも耳を傾けていたとしよう。
目で見るもの、舌で味わうもの、耳で聴くもの、そのすべてが何ともいえないほどに美しく、
素敵な共感覚もそこにある時、いったいどれだけの言葉を並べればその感動を伝えられるのか?
そんな時、私はすっかり黙り込んでしまってまわりの世界の動き出すのをただ待つだけになる。

遥か遠い国の詩を声に出して読んでみたら、ただのアルファベットが光って見えた。
音の響きが色の光になるなんて、そんな神秘的なことが共感覚でなくても本当に起こったらね。
きっと、学校の本読みの宿題ももっと楽しかったのだろうな、と子供時分に戻ってみたりする。
それにしても、こんなことを考えられるのは週末だけなのでした。忙しい仕事の間は忘れたふり。
崩れかけた記憶の中で色のことばかりたぐり寄せては、何とも切ない気持ちになるのです。

24歳最後の週末、もうすぐ私は別の色に足を踏み込むのだったな。25年目にして初めて思う。
たった一年の重みをここまで感じるとは。様々な色や人を想い、感慨深い気持ちを覚えます。
まだまだ果てを知らないつもりで生きていこうか。それともどこへ向かい、どの光を目指そうか。
世界のあまりの曖昧さに心揺さぶられる日々。共感覚のある人生を大事にするとここに誓いたい。


雨とバッハ
  1. 2008/04/20(日) 01:16:02|
  2. おとをみる いろをきく
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共感覚と快感

知覚現象の快・不快、これはどこまでいっても主観的な事柄なのかもしれない。
共感覚もご多分にもれず、快感なものと不快なものの両方の知覚を持ち合わせている。
しかし、どの共感覚者にとってどの知覚対象が心地よいものとなるかは決められない。
当然の事ながら、当事者は「個人」の意味を決定的な仕方で見つめ続けることになる。
自分にとっての「快」が相手にとっての「不快」となることもあり、その逆もあるから。

共感覚の知覚には快楽的な快感が伴うとも言われているが、本当のところはどうなのか?
たしかに、自分の好きな音楽は心地よい形や色の共感覚が見えるものが多いし、
文字の色があることで外国語を覚えることも私にとっては色彩的で楽しいと感じられる。
しかし、不快なものは不快だ。それが自分の得意なことであっても、共感覚は別の話。
もちろん共感覚の良し悪しによって一般的な意味での「好き嫌い」が作られることもあろう。

一番の皮肉とも言えるのは、共感覚で感じる色や形が限りなく美しいのに
五感での知覚が苦痛に満ちている場合なのかもしれない。痛み、と呼ばれるものがそうだ。
身体的苦痛としては不快なのに、共感覚を審美性の観点から考えざるを得ない矛盾。
現実問題、そんなところで心と体の意志が互いにいがみ合っていることもある。
耐え難いものほど遣る瀬無いくらいにきれいな光を発している。何と言うことか。

マゾヒスティックと言ってしまえばそれまでなのだが、現実はそんなに簡単なものでもない。
あまりに共感覚が強い時は、五感知覚とそれとの差が見分けられずにいることもある。
混乱とも言える知覚の洪水の中で何を感じ、何に心を向けているのだろうか?実に複雑なこと。
他人に口で説明したとしても、はてどこまで伝わり切るのだろうか?宇宙の広さに嫉妬するくらいだ。

結局のところ、すべての嵐が過ぎ去った後にいつも思い返すのは「感覚に罪はない」ということ。
何であれ等しく愛し受け入れる、そんな「言うは易し行なうは難し」の世界に自分を放り込むしかない。
そこに限界があろうとも、他者を拒絶してばかりでは生きては行かれないのだから。
五感知覚の対象は厳然たる他者からの知覚であっても、共感覚が主観的知覚であるのは普遍。
もどかしい思いばかりつのるとはいえ、私は共感覚者としてそんなことを感じる。
無論、痛みも喜びも結局は相対的な事象であるがゆえにそれに評価基準などないのだが。

sparkling me

  1. 2008/04/18(金) 23:47:39|
  2. 共感覚/synaesthesia
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