seek for sounds, step into forms...

* * * * * 色とともに生きる共感覚者から * * * * *

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

共感覚事始

「共感覚」。近年、ほんの少しずつ世間に認知され始めてきた知覚現象。
まだまだ聞き慣れないし、すぐには意味のつかめない用語だ。
脳内で起こる現象と聞けば、病気や障害かと勘違いされるのだが
まったくそんなことはない。ただのプレーンな現象なのだから。

が、どこかで認知度の低さ、誤解の多さ、致し方ないようにも感じる。
事実、この感覚とともに20年以上生きてきた当事者の私でさえ、
一年と少し前までは何一つ意味の分からない言葉だった。というのも、
共感+覚なのか、共+感覚なのか、この熟語のままでは謎だから。

実際には後者の「共+感覚」の意味の取り方が正解といえる。
海の外に目を向けてみると、そのからくりが多少解けてくるのだが、
英語では"synesthaesia"(米国式にはsynesthesia)と書いて
カタカナで表記するならシネスシージアと読む。

肝心の語源は古代ギリシャ語から来ており、
"syn-(共に)"と"aisthesis(感覚)"が合わさっている。
原理的にもこれは納得のいく言葉なのだが、日本語にするならば
「共に働く感覚」といった意味になる。

共感覚という日本語訳は明らかに造語なのだが、
当然の事ながら、共感覚それ自体は万国共通の現象である。
字義通りに捉えれば複数の感覚器官が同時に知覚することを指す。
音を聴いて(聴覚)色や形を見る(視覚)、言葉を見て(視覚)味を感じる(味覚)、
というようにごく一般に五感として分類されているもののうちの
複数の感覚によって組み合わせができることを言う。

共感覚者であるかどうかに関らず、人間は味覚と同時に嗅覚も働かせる。
鼻をつまんでごはんを食べたら美味しさも半減するのは誰とてわかることだが、
これも共感覚の一種。ついでに言えば、「新生児共感覚」といって
感覚が未分化な赤ん坊が知覚する共感覚のタイプもある。だから、
共感覚は本来人類みなが体験した・しているはずの現象と結論が出せそうだ。

がしかし、そう単純な話でもない。現実には、
何千年もの間体験してきていながら共感覚の謎はほとんど解けていない。
脳科学や認知科学の研究の歴史も20数年ぐらい、と非常に浅い。
共感覚者の私からすれば、これは逆に興味深いことだと感じる。
人類は自分自身についてこれっぽっちもわかっちゃいなかったのね、と。

ただ単に言語化しづらい現象だというだけだろう。
音楽を見る、形を聴く、味の形を楽しむ、香りを見る、言葉を彩る、等など。
一見して比喩ならば、何となく成立しそうな表現だが、
私の日常ではこれはメタファーでも創作でもない。れっきとした知覚だ。
五感の知覚とともに脳内の複数の部位が反応しているのだそうな。
とお気楽なことを言うだけには留まらず。それで生きるのだから当然苦悩もある。
スポンサーサイト
  1. 2008/04/07(月) 01:53:40|
  2. 共感覚/synaesthesia
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

プロフィール

178773

Author:178773
ある共感覚者のひとりごと。

カレンダー

03 | 2008/04 | 05
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

最近の記事

月別アーカイブ

カテゴリー

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。