seek for sounds, step into forms...

* * * * * 色とともに生きる共感覚者から * * * * *

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The Dancing Act II

文字→色の共感覚アート、これは私にとって無限の可能性を秘めた行為に思えるものだ。
言語、文字の種類、読み方、発音、並び方、日々の見え方etc.・・・この豊かな知覚世界を
もたらしているのが一方では私自身の持つ障碍に在ると認知しても、その"見返り"は多い。
言語の持つ本来の目的から遥か遠くに飛び立つことを許される瞬間、と言えば良いだろうか。
そのプロセスは至福であり、悲しみがあり、それでいて平凡だ。がしかし、カオスでもない。

一般的な文字認知の仕方、出来ればこの私も一生に一度は追体験してみたいものである。
黒字の文字を読んで音と意味を理解する、とは如何なる幻か。それこそ、"得体"が知れない。
厳密に言えば、私の文字認知は共感覚なしではほぼ意味を成さない。そう、色彩のみならず、
歪んで揺れ動く文字を掌でつかむざらついた感触や、舌で味わう滑らかさ、総て必要に思う。
どんなに「楽だ」と"唆されても"、私の脳には普通に文字を読む"隙間"が残されていないらしい。

無論、共感覚は新たに付け加えられたものではなくて、元からそこに在ると考えるのが妥当で、
引き千切ってみようと思えばこの私にも出来る筈だ。意味の理解を放棄する、という条件の下で。
私自身、共感覚と種々の障碍は地続きだと思っている(その大半は自意識の問題でもあろうか)。
それゆえか、文字をアートで表現する時にそういった非言語的感覚世界に没入していくことには
何等違和感も覚えないものである。そして、それが異常/正常で二分されない事象だとも感じる。

普段からこうして見えているともなれば、アートと現実を敢えて別物と思うこともなくなるのであり、
ともすれば、自分の知覚世界の方が余程芸術的な色彩を感じさせてくれる時がない訳でもない。
現実の生活の中では、時間の関係で"芸術鑑賞"は程々に抑えるものであり、美しさに浸るなど、
到底叶わぬ夢である。何しろ、言語そのものへの道のりが人より長いので、常に走りっぱなし。
脳内で"何か"が底を尽きた、と自覚出来る程に一般的な読字の作業は困難を極めるものである。

はて、こんなブログで書いて居ればそうは気付かれもしないが、私は普通には文字を扱えない。
このサイト内の文字の色が一様に"薄味"なのはお分かりだろう。そして、五行区切りということも。
自分で書いたのにまるで読めない、という(半ば恥かしい)事態に日常的に遭遇しない訳でもない。
印刷の色の濃度によっては、2・3行ごとに改行しなければ海に溺れた気分を経験するものであり、
仮名文字が増えれば眩しくて目を閉じてしまうだろう。これは共感覚ではなく、障碍所以の現象だ。

そんな人間が文字→色を表現するのは、果たして単なる皮肉の現われなのか。それとも偶然か。
本音を申せば、そのどちらでもなく、どちらでも在る。"文章を書く=覚えた色彩パターンを並べる"、
という翻訳手段を日々(努力して)使うことがなければ、ある種の有難みも覚えない筈だと感じる。
私の場合、無防備なままに30分間まともに読書すれば頭痛や吐気が起こる。だが、悲惨ではない。
痛みの一方では美しい色彩で感じられ、そういった"逸脱"が文字のもたらす威圧感を妨げてくれる。

とっくの昔に読書を"苦手なもの"にして表向きの健康を保っても良かったが、私はそれを拒否した。
知識と美しさを渇望するのは人間の根源的な欲求ではないか。恐らく、学校時代の友人・教師には
読書好きとして認知されている筈だ。紛らわしい事実だが、私自身、このことはどこかで誇りに思う。
共感覚アートと読書の関係で言えば、私は漱石の著作が最も好きだ。漢字の並びの美しいこと!
そうして振り返れば、私の文字への審美眼は文学とはまた別次元に生きるとも思えて来るものだ。

今時珍しく兄弟の多い家族で育ったこともあり、良いもの・美しいものは分け合いたいと私は思う。
自分だけが文字の色を楽しんでいるなんて、どこか意地の悪い話。そうとも考えられないだろうか。
当然ながら、周囲の人間が私にとっての読み易い環境を知っている訳ではないが、だからと言って
そこで捻くれるだけなのもおかしな話。"ヘン"な自分の世界に周りを巻き込む位の心意気で居たい。
創造的であることと社会的であることは相容れないのか。何れ、後半の言い分は塗り替えられよう。

Flames revealed
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  1. 2009/10/25(日) 17:30:01|
  2. もじいろ おといろ
  3. | コメント:0

The Dancing act I

いつ頃から共感覚を絵として表現し始めたのだろうか、と時折過去を振り返ることがある。
実を言えば確かな記憶が無かったりする。色鉛筆を握れるようになった頃から、というのも
強ち間違いではないし、もっと後に音楽を聴いてコラージュに仕立て上げた時かもしれない。
心が渇望して意図的に表現し出したのは十代半ばだが、当時何か特別な出来事によって
触発されたような記憶もない。何とか外に出さなければ、との使命感を感じたのは事実だが。

自分が共感覚者と認知して少し経った頃のこと、疑問に思って随分と悩んだことが一つある。
それは何かと言えば、"なぜ共感覚者はこんなに多いのに、表現する者は少ないのか?"と。
当時はそこまで共感覚の知識が在った訳でもない、当事者間に多様性が在ることさえ知らず、
そうと名乗る人たちには一様な知覚体験が在るものなのだと勝手に思い込んでいた。がしかし、
時が経つに連れて、共感覚者同士で差異があることにも深い意味があるのだと悟ることとなる。

海外のサイトで、共感覚者は"心の眼(Mind's eye)"で文字の色等を感じている、と読んだ時は
正直なところ、言葉の意味を理解出来なかった。後になってこれがnon projectorの主張だと
知って初めて合点が行ったのだが、共感覚の感じ方にもいろいろ存在するということになろう。
私自身はprojectorと言って、共感覚に強い空間性や質感が伴っているため、感覚そのものも
内的な知覚とは到底思えず、より外的な事象に近いと感じる。無論、網膜には映らないが。

実際にはprojector云々に拘わらず、共感覚そのものは主観的で内的な知覚とも解されるが、
仮に自分の共感覚に空間性が伴わなかったら、恐らく表現活動にも結び付かなかったと思う。
"内部にしかない筈の共感覚を身体の外側に感じる"、これは見方を変えれば自己矛盾であり、
他者にはそれがないと判れば尚のこと落ち着かない(別段、彼等が感じていても構わないが)。
幼少期に言語との距離が大きかったこともあろう、その葛藤を絵にせざるを得なかったのだ。

そもそも、共感覚それ自体が違和感を生むこともあるためか、表現する対象(object)そのものも
"違和感それ自体"ということになる。なぜこの色彩を感じるのか、なぜ目には見えないのかetc...
そういった疑問を如何にしてカタチにするか。言うなれば、これは純粋な自問自答の意味もある。
表現手法は人によりけりで、私はその点では「見たまま」を表現してはいないと言えそうだ。
どこかで"問題提起"を趣旨としているがために、結果論としての芸術表現は半ば放棄している。

学術的な関心が建築の計画論や構法に傾いていることからするに、私自身の感覚と感性は
時折"破断した構造体"如き様相を覗かせる。共感覚の表現ともなれば、尚のことそう言える。
では、どうしてそこで敢えて表現を試みるのか。それは言わば、隠れた同一性への憧憬である。
あたかも感覚と感性が一体であるかのように演じ尽くすことに快感を覚えており、それと同時に
新たな地平を旅して来るようなものではないか。"共感覚的演技"とはそういった事柄である。

然もアヤシイ響きを持った話に聞こえるだろうか。いや、現実の創作風景は至って平凡だろう。
文字の色を延々描き込んでいったり、音楽を色で配置することには、実際、神秘の欠片もない。
自分の知覚した色彩を、他者に別次元で"感覚デリバリー"していることは大概はバレないもの。
何でも、これではコスプレ趣味に聞こえるが、ヒトとは思いの外"見掛け"に弱い動物なのである。
無論、"届けた"後の私には他者の評価などどうでも良くなっている。感覚を解き放ったのだから。

Licht en Lucht
  1. 2009/10/09(金) 18:53:54|
  2. 共感覚/synaesthesia
  3. | コメント:0

感覚的戯れの行き先

自分の感性と知覚体験の関係性について深く問い尋ねて、苦悩することはあるだろうか。
その数珠繋ぎの存在を知って宇宙の果てを目の当たりにしたこと、彼方にも記憶に在ろう。
ふとした瞬間に共感覚者として、いや一人間として気付かされるのは、こういったことである。
感覚そのものと、その上にある人間性。決して"同一"ではないが、相互に強く結ばれている。
時として奇怪な姿を現わす共感覚の世界を振り返ると、指揮棒の振り方に戸惑いを覚える。

共感覚の知覚体験とそれを前提とした感性の行き先。これらは本来は別物な筈なのだが、
当事者として日常生活ではこれ等を敢えて二分して考えるようなことはない。言うなれば、
不可分の関係にあるがために、言語化してみればほぼ判別の付かない状態にもなろう。
とは言うものの、洞察を重ねていけば両者が如何なるプロセスを経て"ここに居る"のかが、
具に見て取れることもあるのではないか。共感覚とは、"習慣の集積体"でもあるのだから。

無論、ここで言及しているのは思い込みやスピリチュアルと言った、似て非なるものとは
一切結び付きのない事象だと断りを入れておかなければならない。現実の共感覚現象は
それこそ自分自身の知覚の問題なので、他者の前世がどうとかいうとのは更々関係ない。
いや、それらより数段地に足の付いた話であり、気の遠くなるようなディテールの事柄だ。
既存の時間性から解き放たれた中で感じられる共感覚には、幸も不幸も意味を成さない。

共感覚それ自体について論ずるともなれば、私の中では場所性の意味も変わって来る。
果ては言語の違いにまでその"憑依現象"が及んで、ただの感覚だけが残るということ。
自分にとっての海外体験が、ごく一般的な意味でのそれとはまったく異なる様相を持ち、
時として国・言語の違いで認知されないのはこの"共感覚的憑依"によるところが大きい。
何語を話す何人という基準を、感覚そのものが通り越してしまう瞬間と言うことにもなる。

しかしながらヒトとしての現実を述べるならば、それは日常生活の部分的評価に過ぎない。
言語の担う"対話手段"としての役割は当然無視出来ず、そのことも併せて突き進むならば
感じる主体と感じる客体、そして表現する主体の存在を認めねばならない。この意味では、
共感覚を感じる"私"は選択を迫られているのだが、実際には幾つかの領域で暮らしていて、
感覚そのものに向かうヴェクトルと構築された感性へ進むヴェクトル、両者が共生している。

そんなひどく複雑な環境条件を振り返ると、一つの像として共感覚者の私が浮かび上がる。
"私は日本語を話す"という感覚が『私は英語を使う』『私はオランダ語を操る』と異なること、
または"音楽の中を歩く"と『音楽を絵に描く』、"文字の色で感じる"と『文字の色を表わす』、
いずれの関係にしても、どんな役柄を演じているかで私自身の生活も様変わりするだろう。
事実、まったく意味不明であるが、私は感覚質そのものではなく私であるという結論になる。

Niks is niks
  1. 2009/10/02(金) 00:43:02|
  2. らせん と じかん
  3. | コメント:0

プロフィール

178773

Author:178773
ある共感覚者のひとりごと。

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