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* * * * * 色とともに生きる共感覚者から * * * * *

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色泥棒の夕暮れ

つい先日のこと、夕暮れの空を眺めながら街を歩いていた時、"あの青さを泥棒してもいいかな"と
ぼんやりと考え始めた。"空は要らない、私が欲しいのはあの青さだけ、でもどうしたら手に入る?"
そして、数秒経って"正気"に戻ってから思い返す。私はいったい何に心を奪われていたのだろうか。

勿論、"誰かの何か"を盗むことは犯罪だが、あの時私が何としてでも手に入れたいと思ったのは
所謂ところのモノではなく感覚質そのものだった訳である。それも、滅多に出会えない空の色という。
きっと、自分が恋焦がれた対象はその数分後にはこの世から消え去った色であったに違いない。

共感覚者の中には、"同じ感覚にまた出会いたい"と思って何度も何度も文字の色を読み返したり、
音楽の色を聴いたり・・・と、幾重にも重なった知覚現象の世界に繰り返し赴いていく者もあろうか。
恐らく、この知覚体験を繰り返すという点では共感覚の有無はあまり関係のないこととも思える。

はて、私がここで常々思うのはこの反復行為が如何なる体験の追求なのか、ということだろう。
付け加えれば、その"同じ"と思われる知覚の対象も、当事者の環境次第で揺れ動く多様なもの。
果たして、彼等(或いは私)は何に再び"出会おう"と目論むのか。総ては変位の中を生きている。

共感覚者同士での対話には、面と向かった生身の対話もあれば、書き言葉を介してのそれもある。
これまでの私の経験値から言えば、前者と後者では気付かされるものにかなりの違いが存在する。
何がどう違うのか、当然ながら前者の方が具に感じ取れるように思うのは何も偶然ではないだろう。

驚きながらも相手の言葉にその場で耳を傾けているうちに、"あっ"と思う瞬間に必ずや出会うもの。
そうか、音楽に色を見ていると言っても同じじゃなかったんだ、でもなんだかどれも素敵なものだ・・・
嬉しそうに話す相手の手振りや身振りを見ながら感じられるのは、幸せでなくて何だと言うのか。

それぞれが感じる重層的な感覚質を、他者の私が完全に『わかる』ことなどはきっとないと思う。
"何となくわかる"ことは在るにしても、『わかる』と言ってしまうのは傲慢極まりないことでもあり、
相手の感覚を尊重するどころか、軽んじることにも繋がりかねない。これは決して誇張ではない。

例えば色聴と呼ばれる共感覚があり、音に色を見るという表現がそこで"ごく一般的に"用いられる。
何長調の音楽は緑色で、何短調のどれどれの曲は桃色だ・・・という共感覚者が居るとするならば、
その傍で"本当にそれは色なのかな・・・でもこの人は色だけ見えると言ってる"と感じる私が居る。

私も確かに"音に色"という表現に50%ほどは賛同するが、"音に光や空間がある"と自分では思う。
平均律十二音による独裁の布かれた西洋音楽を10年以上も続けたのに調性を無視して音を聴く、
そんな破天荒さは共感覚の共感覚らしさそのものだと秘かに喜んでいる。(誰にも分りますまい!)

冒頭に挙げた"空の青さ"が一期一会の色との出会いであるとすれば、次に掲げた"繰り返し"は
いったい何であろうか。追体験ではなく、ある者には純粋な感覚体験との再会であるかもしれず、
ある者には"相似形"の変奏となるのかもしれない。その全様を知るに至る程に私は完全ではない。

仮に私がある曲を繰り返して聴いたとしよう。毎回"同じような空間"がそこで待っていてくれる。
それはさながら、夕刻に見慣れた隣人の家に灯りが燈るのを見てほっと一息つく様に似ている。
しかし、だからと言ってその風景を知るのは自分だけである。きっと、その事実は変わらない。

icikrici

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  1. 2010/04/26(月) 00:16:26|
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Author:178773
ある共感覚者のひとりごと。

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