seek for sounds, step into forms...

* * * * * 色とともに生きる共感覚者から * * * * *

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見覚えのある優しさと

雨上がりの夜道を歩いて居たら、何処からともなく青いような不思議な光が前に迫って来た。
一瞬驚いたものの、暫く経ってみるとそれが青草の香りなのだと気づく。そしてふと我に返る。
ずっと昔から知っていた筈の匂いになぜ戸惑ったのだろうか?その色も初めてではないのに・・・

たとえ自分にとっては"見慣れた"共感覚であったとしても、こうした再会の段はよくあることで、
後から考えてみると、「何だ・・・」と自分の反応に笑ってしまうような出来事も多々遭遇するものだ。
久しぶりに会った友人に中々気づかないことと類似した状況でもあるが、別の理由も在るのだろう。

文字や音楽といった有り触れた共感覚と比較すると、日常生活で自分の意図とは全く関係のない、
極々普遍的な共感覚は、思い立って観察することがなければその実態を知らぬ"者"も実は多い。
味噌汁の出汁の立体感や、トースト一枚に広がる赤みを帯びたバターの味。至って平凡な存在だ。

普段、「きっと其処に居てくれる」と自分が密かに期待している存在ほど、それが消えた時には
言い表せない程の悲しみをもたらすもの。有り難味を感じていない訳ではないにしてもこうである。
そうした慎みのある"友人たち"が生活を如何に面白く、彩り豊かなものにしているかに気づかされる。

そうした"不義理"が祟って、私は時々驚かされるのかもしれない。「世界はまだまだ広いのだ」と。
幾ら文字の色が綺麗だからって、其れは実はホンの一部なのであり、地の果てまで届く訳もなし。
喜怒哀楽をより一層深くして呉れる彼等を"雑音(ノイズ)"等と呼ばわってはきっと失礼に当ろう。

何時だって美しさはそのまんま其処に居るのだろう。他者が其の意味を良くは知らなくたって
今の私は一向に構わないだろうし、逆に耳を傾けて貰えたらそれはそれで楽しめる気がして来る。
ただ眺めて共に居るだけで、その有余る重厚さに私は押し潰されそうだ。此れ以上、何が欲しい!?

tttzzzzsshhhh

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  1. 2011/06/09(木) 23:38:23|
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