seek for sounds, step into forms...

* * * * * 色とともに生きる共感覚者から * * * * *

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空はいつまで青かったのかⅠ

ずっと昔にまだオランダに住んでいた頃、私の日本語の共感覚もそれはカラフルだった。
我が家の壁に貼られた50音表にも濃くて鮮やかな色がたくさん見えていたっけか。
しかし、向こうの幼稚園から小学校に上がってからというもの(日本よりも半年就学が早い)、
アルファベットや数字を使いこなすことに一生懸命で仮名文字は主役を奪われてしまった。
当時通っていた学校に日本人は私ただ一人。日本の教育制度とは違って落第があるから、
外国人だろうと幼稚園生だろうとお構いなしの環境で運命の選択を迫られたのね。

もちろん、今見える"あいうえお"も好きは好きですよ。絣の着物みたいでセンスがいい!
私ってばオランダ語でばかり考えてたものだから日本語を忘れてしまっていたのさ。
"放置プレイ"を浴びせられた50音は平仮名も片仮名も挙ってこれに反旗を翻した、
なんてのはどうも冗談が過ぎる表現だが、脳細胞をバランスよく使うことの意味を私に
教えてくれる。共感覚にも一応、老化は存在するのかもしれない。司るのは神経だから。

帰国子女であり共感覚者であるという現実は、私に本当にいろいろなことを学ばせたと思う。
それは言語を超えた領域にも存在する喜びや悲しみを心の中に深く刻み込んだから。
はたまた、私がいたのがオランダだったということも多いに意味があったのだろうな。
寛容と排他の裏表、個と集団の概念。言葉に置き換えることさえどこか貧しさを感じてるほどの
奥深い人間性をいかに表現するか。海越えて感性豊かな島国に生きる今、それを思い知る。

先にも書いたように私は一度は日本語を、それに日本語の共感覚も喪失し掛けた。
その後共感覚それ自体も失われ掛ける体験をしたのだから、結構いろいろあったと感じる。
周りの人間にどこかで強く支えられ、時には見捨てられながらも生き抜いたのだから
何だか感謝の念を覚えずにはいられない。みなの努力があってこそ、ここに私があるのだと。
二度も"外国人"となり、一度は人間そのものから離脱しそうにさえなったというのに、
なぜ私などがここにまだ生きていてよいものだろうか、と思うことがあるくらいなのさ。

子どもなりに随分と悩み、苦しみ、自己存在の意義について考えていたとは思う。
生まれ持った身体の弱さ、心の繊細さ、言語の至らなさ、それゆえの言動の不自由。
一方では色や形といった視覚情報を通じた論理・思考の表現が特異なものであり、
それが洋の東西を問わず成立し得るものだという自負もどこかしらで感じてはいた。
だからこそ、8歳の時に何となしにたどり着いた建築の世界に今も留まっている。
他者の思想や感覚を読み取り、空間表現に生かすことを魅力と感じるから。

共感覚のようにひどく主観的な世界を持ちつつも、建築を考えていてよいものか?
これは生まれて然るべき疑問であり、長きに渡り私の中で渦巻いていた問いでもある。
ものは考えよう、使いよう。そこは苦い体験を通していつの間にか解かれていく。
外国人であることは自他の差異を目に見える形で心に焼き付けてくれたと感じるし、
日本人でありながら海外の文化を生きた精神として認知することも上に同じく。
絶対的他者を認める意味、共感覚者、尚且つ"異国民"でもある孤独感がそれを教える。

個の集まりが必ずしも集団とは成り得ないオランダで私が目にしたのは、
良くも悪くも、単なる"差異"に収まるような事柄だけではなかったように感じる。
移民の多い国家であるがゆえに、貧富の差が空間そのものを造り上げることもある。
自分さえ良ければ他人がどう過ごしていてもそれで良い、とは決して思えない世界、
それが間近にあると知っても、ただ悠長な駐在員の子どもとして居られただろうか?

文明の差異は致し方ない。あまりに壮大なものだから、自分には手のつけようがない。
しかし、大きなスケールで達成されなくとも人の住む環境は変えられると直観した。
一軒一軒の積み重ねが街を造り、都市に結びつくのであればその一軒にたどり着こう。
何分、子どもの目に映った建築の世界はあまりに狭く小さなものではあったのだが、
金銭欲も出世欲もゼロの夢。今考えても何ら間違っている点があるとは思えない。

現実を目の当たりにしたらすべてが潰されるのかと思いきや、そうでもないな。
始点が始点ならば、その先に見ていたものもそれほど明るく楽しいものではない。
レンガ組積造の建築で埋め尽くされたオランダで私が実感した現実の姿がある。
いかに積み上げようと構築物が崩されるのは必然であり不可避である、と。
それが言語であろうと、文化であろうと、人間のせめぎ合う社会は実に脆く、
過去に学び、修復し、新しいものと融合しながら生きていく美しさもあるのだろう。

後の日に、私はリノヴェーション、コンヴァージョンと呼ばれる建築の手法を知る。
建築の修繕方法、また用途変換方法と言えば良いのだろうか。多様な意味があろう。
人間が社会の中で少しずつ変化していく外ないのと同様、建築も周辺環境の中に建ち、
人災、天災、あるいは経済行為に起因して変化を幾千と積み重ねて生きてゆく。
時間と空間という、いわく言い難い魔物に纏わりつかれつつもそれは続く。

一人の人間が計画のすべてを決めることがないのは建築限らず社会の基本だが、
だからこそ擦れ違いも起こるし、それが時として偶然の産物をもたらすこともある。
共感覚を感じる私にとって、これは本当に興味深い行為に思えてならない。
人間の感覚がみな同一だったら、アイディアなんて一つでよかったのかもしれない。
画期的な建築がいくつ生まれて来てもよい、これほど魅力的なことがあろうか。
己が孤独に打ちのめされそうな時ほど思考力が高まるのは言うまでもない。

言葉も作法も知らずにこの国に降り立ったあの少女は今になって自由を知る。
それは自分と同じ共感覚を持つ他者に出会えたことも大きいが、理由は他にもある。
自らの鋭利な孤独の向かうべき先をようやく見出せた、とどこかで確信しているから。
何も歩いて楽しいものだけが道ではない。自分だけが満足できる道は短いしつまらない。
どんなに焦らされてもいいから、30年後くらいにその希望を託してみるのも悪くはないね。
変わらぬ空はずっとそこにあるだろうから、私はまた一つ一つレンガを積んでいこう。
(続く)

de driehoek kwam uit het wiel
  1. 2008/06/08(日) 00:16:13|
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