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* * * * * 色とともに生きる共感覚者から * * * * *

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色を纏って生きること

小さい頃の色の記憶はふわふわしていてつかみにくい。
真綿のような色のかたまりがふんわりと自分をかこんでいた。
太陽の光に包まれたような、そんな感じだったのはおぼえている。
私の家族曰く、「自給自足で楽しむ子ども」だったそうな。

共感覚者はいつ共感覚者になるのか?これは未だ謎のまま。
そもそも、どんな人間が共感覚者なのかさえはっきりしないと思う。
あまりにも曖昧だが「共感覚者本人からの報告が最も価値がある」
と共感覚の研究者は口をそろえておっしゃるのですからおもしろい。
実験で一定基準を満たす場合は共感覚者、とみなす研究者もいるにはいるが、
現実問題、数字をクリアしただけでは何の実感も湧かないものね。

そこで思うのは、やはり記憶についている色や形の記憶。
幼い頃に覚えた歌には色が付いている。もちろん、今聴く曲も色が見える。
歌詞の言葉の響きに色が付いているものもあれば音程の色を見るものもある。
挿絵のない本も「こんな色風景の話だったよね」と心の中で思い出す。
それが日本語だろうと、外国の言葉だろうと色があるのは変らない。

色つきの蒸気を一面に鈍く振りまいたような感じ。
連想した色ではないから悲しい時に明るい色になることもある。
暖色と寒色なんてお構いなしに、共感覚の記憶は出来てゆく。ごく自然に。
言葉の色、味の色、香りの色、自分が覚えておきたいものを
自由気ままに落書きしていくだなんて、こりゃ不思議。

それにしても、自分の名前がショッキングピンクだなんて皮肉だ。
かな文字もアルファベットも一様にピンク。漢字の「女」もこれまたピンク。
だのに、嫌いな色もピンク。とり憑かれたかのようにピンク尽くしのワタクシです。
自分の名前を呼ばれるとピンクの衣を纏ったかのように感じる。
逆に、共感覚者だからピンクが嫌いになったのならそりゃ笑えますし、許せます。

他の共感覚者にとっては私の名前は何色なのだろう?青か?緑か?
好きな色は青なのだが、だからといって青い名前は別にいらないと思う。
というのも、自分が今ここにいると言うことと名前がピンクだということ、
やっぱり共感覚者であるからには否定しません。それに、ただの人間ですし。

普段はこんなことは絶対に口に出来ない。相手が共感覚者でもなければ、
意味もちんぷんかんぷん、頭がおかしいだの病気だの言われるのがせいぜいだから。
今、こうしてサイバースペースが発達した時代に生きられることに感謝する。
共感覚は極々主観的な脳内の現象だが、当然、共感覚者も共感したいと思うから。
知覚すること喜びや悲しみをいかにして伝えようか、日々悩み考えるのです。
それが自分の脳の中でしか見えないと色だとわかってはいても、美しいものは美しいから。
  1. 2008/04/08(火) 00:25:18|
  2. 共感覚/synaesthesia
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