seek for sounds, step into forms...

* * * * * 色とともに生きる共感覚者から * * * * *

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その崩壊が生み出すものⅡ

視覚に聴く空間のリズム、私はこれを音の共感覚として知覚しながら日々過ごしているが、
そこには"定性なるもの"が何一つ存在しないかのように見える。無論、それはミクロの世界。
段々と視野を拡げてゆくと、生成と崩壊を繰り返している空間も言語を持つのではないかしらん。
多面的に空間を考えるうちに姿を現す粗もあれば、瞬間的に差し込む光の筋もあるということ。
あらゆるベクトルで交差する音の連鎖。秩序や完全性から少し距離を置いてみるのも美味だ。

ずっと昔に、純粋な意味での工学的建築を背にして音楽史の世界を旅してみたことがある。
実際に譜面と楽器に埋没していたあの頃だから、図面の宇宙はそこまで絶対的ではなかった。
今でこそ、"よくもそんな蛮行を悠長に!"と自分に矢を向けたくなる感情も生まれ出づるが、
当時15、16だった小娘は恐れも知らずに建築と音楽を共感覚で料理しては楽しんでいたのか?
こんな過去がある割には、その後の生き方に回り道が多いとも感じられる。実に愚かな奴だ!

と、マイナーな懐古主義に浸っているだけでもよいが、それがこれを書く目的ではないのさ。
一般に言う、聴覚情報主体の音楽と視覚・触覚情報主体の建築の間を双方向的に運くことで、
私の中で知覚される共感覚も多様な表現手法と出会ったのではないか、と今になって思う。
普遍的図式の中で物事を捉え始めて、少しイイ気分になってその後も一点に留まっていると、
悲しいかな、創意も単なるジョウイとなって膠着したモノと化すことを過去の失敗から実感する。

動的な均衡状態とは何たるや。有無を言わせぬ変化を迫られた時によく自問自答することだ。
時として不条理な様で変化を遂げてきた音や空間の史実が私を助けるのは言うまでもないが、
いずれも実世界では遍在しているのだから、一先ず空間の側から歩き出してみることにするか。
あたかもル・シャトリエの原理の上に成り立つかのようなこの発想、あまりに不純ではあるが、
地球の縦横に跨る共感覚現象は尽きる所、そういった"異端"の塊なのだと言い切ってしまえ!

巨視的なまとまりを持つ空間世界に何がしかの外的変化を加えることで平衡状態が崩壊する。
建築史の中の不易流行の推移を見ながら、実空間に耳を傾けているとそう感じなくもない。
何せ、私の脳ミソの中では空間が客体の物質による視覚・触覚現象を介してのみ感じられる
訳では決してなく、共感覚としてはリズムと形の変移によって楽劇が演じられているのだから。
そんな空間音楽の中で、時たま二律背反に出くわすことがある。物事の分岐点と言えようか。

単一なリズムを意図的に崩すことで創出されるデザインが、次なるモードとして取って代わる。
一つの建築や都市空間の中でも当てはまるが、時間的枠組みからこの話を捉え直し始めると
より奥深い森に突入していくことにもなろうか。建築史の流れを音の共感覚で考えるのは、
どだい無茶な話。がしかし、音楽はそこに留まらないのだから、4次元空間では黙り込むだろう。
演奏なしの空を音楽と呼べるのはφの生きる論理世界。実空間では"間"の次に来る者がいる。
(続く)

drrrrrrrrrrrrrrr................
  1. 2008/09/21(日) 10:43:39|
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