seek for sounds, step into forms...

* * * * * 色とともに生きる共感覚者から * * * * *

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logical dumping Ⅳ

生まれつきだが、私にとって空間的に物事を捉えることが自然で、それがフツーだと感じる。
このことは共感覚よりは幾分か言語や視覚媒体で表現し易いことなので助かることもあるが、
そうは言っても生き難さを覚える能力の一つであるのは間違いなく、時として考え込むものだ。
なぜ私の脳は摩訶不思議な知覚スタイルを持ち、個性たっぷりの思考法を選んだのだろう?
一生涯この疑問が私の頭の中から消え去ることもなかろうから、悩み続けるのも悪くはない。

いくつかの必然が偶然によって結び合わされて、今のこの私を生み出したのであるならば、
それを奇跡と呼ばずに何と形容すべきなのだろう?苦痛は多い人生ではあってもそう感じる。
複雑過ぎるはずなのに、隠されたsimplicityに喩えようもない感動を覚えてしまう自分がいて、
気付いたら銀河系の真ん中でポカーンと口を開けて流星を眺めている気分にもなるのである。
身包み剥がれてしまったかのような恐怖と孤独も、当然の如くそこに共生しているのだが。

今の歳にもなって自らの強烈な個性に心打たれるとは、努々思いつきもしなかったのだが、
はて、それならばこれまで何に目を向けていたのか?それとも、何も見ていなかったのか?
出る杭打たれるこの島国で私が努力して来たことと言えば、他者との違いの溝を埋めること。
それだけのために神経擦り減らしていた訳でもないが、大半の苦労はそこにあったのだと
幾分溜息混じりに気付く自分がここにいる。今だから言おう、御苦労な事であった!とでも。

NOと言えない弱さも多分にあるが、その性向が私の中に育てた強さも必ずやあるのだろう。
常日頃空間的に物事を考えられたことで、共感覚の印象にも幅が生じて来るのだと思うし、
これが私自身の表現力に何がしかのメリット・デメリットを加味してくれるのかもしれない。
脳の仕組みの遥か遠くに生きて来る想像力に何が出来るのか、今からでも試してみたい。
そう、私は鏡の向こうで多変数方程式を解いて終わるのではなく、今ここに生きている!

Niemand weet de einde
  1. 2008/12/12(金) 22:12:12|
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