seek for sounds, step into forms...

* * * * * 色とともに生きる共感覚者から * * * * *

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

ハコに生きる全体性とは

共感覚を初めて知った非共感覚者の驚き、その反応は実に様々で興味深いと感じる。
中でも、「実物が目に見えていないのになぜ見ていると感じるのですか」という疑問は
人間の視覚機能が意識の上でいかに上手く統合されているかを示唆してくれるだろう。
実際には目で見ているのではなく脳が見ていると言った方が余程正しいかもしれない。
共感覚を取り囲む視覚現象を振り返れば、尚のこと"だまし絵のカラクリ"に驚嘆する。

以前にも触れただろうか、私は文字が常に読み難い状態にある。読めないのではない、
扱いづらさを抱えているだけであって、何らかの助けがあればきちんと理解できるのだ。
文字が小さい、背景とのコントラストが強い、行数が多い等々、バリアとなるものもある。
黒いインクできれいに印刷された文字であっても、これらの因子が作用することによって
ホラーの世界が展開されてしまうのは、私以外の人間にとってはどうでもよい話だろう。

行と行の間で黒インクの文字が滲み出し、その上虹色の光がチカチカと動き始める。
無防備に読んでいれば、忽ち吐気に襲われるは頭痛がするはで私は退散する他ない。
よくもそんな中で共感覚の文字の色に拘っていられるな、とそんな考え方もあろうか。
現実を申せば、私は文字の形ではなく文字の形に見える色彩に注意力を傾けるので
具合が悪くなっている事実にさえ気付かずにいることも。意識とは実に奇妙な生き物だ。

文字の色が変わりさえしなければ、別段自分に問題があるとは思わずに過ごせる。
"普通"の人々には文字が静かに見えていると知って少々仰天したが、私にしてみれば
共感覚よりも(どういう訳か)理解されてしまうことなので、この方が不気味に感じている。
視力が悪いのかと思って眼鏡を何度も掛け直して確認してみたこともあるにはあるが、
脳というハコに入ってしまった知覚情報はさすがにその中身にお任せするしかない。

この他にも私には片頭痛がある。これはこれで大そう"充実した"症状を持っているが、
何につけても、読み難さが輪をかけて増すことだけはひたすらに悲しいものではないか。
いつもの虹色の光に太陽光のような眩しさが加わり、さすがにこれだけは参ってしまう。
共感覚の色を判別出来なくする圧迫感が顔の前を覆ってしまう。何と言えば良いだろう、
本のページが黄ばんで見えている。発作が終われば消えるが、やはり苦痛は苦痛だ。

閃輝性暗点と呼ばれる前兆も私にとっては十分につらいが、文字の色が変わるのは
それよりも突き抜けて悲惨だろう。私の色を早く返して!と怒鳴らんばかりの思いが
痛みのリズムに合わせていよいよ強くなっていくのは、ある意味で致し方ないだろう。
当事者同士であっても、共感覚者は自分の文字の色を決して譲ろうしないものだが、
自分の中でそれが起こるとなれば、やり場のない憤りが今にも溢れそうになるのだ。

総て一つの脳で起こっているなんて!自分でも信じているようでいて信じられない。
網膜に見えていなくても共感覚は感じられる。他者に見えなくても文字は瞬いている。
ミミズ文字は共感覚と直接には関係ないし、片頭痛発作やその前兆も同様の話だ。
しかし、複数が絡み合うとパニックに陥るのだろうか、定常状態からの離脱を恐れて
見るもの総ての区別が付かなくなる。まただまされる前に本でも読んで検証しようか。

It's always behind the light
  1. 2009/05/01(金) 23:38:23|
  2. 共感覚/synaesthesia
  3. | コメント:0
<<誰のための論理か | ホーム | 色彩和平協定の故郷>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

178773

Author:178773
ある共感覚者のひとりごと。

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

最近の記事

月別アーカイブ

カテゴリー

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。