seek for sounds, step into forms...

* * * * * 色とともに生きる共感覚者から * * * * *

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なぜ視覚で考えるのか

少し前に、とある人物から「忘れることも人間の能力ではないか」との言葉を聞いた。
何と思慮深い言葉なのだろう、私は暫し感嘆して頭の中が飽和状態に陥ってしまい、
寝かせたり、遠ざかったり、触れたりしながら、その意味を深く深く考え込んでいた。
共感覚者は記憶力が優れているもの、という漠然とした思い込みが強かったからか、
一つの尺度でしかものを捉えていなかった自分の姿勢を見直したのは言うまでもない。

不自然な形で記憶を失った経験、というのは誰しも受け入れられないものであって、
生じてしまった空白をどのようにして運用しようかと立ち止まってしまうのではないか。
一旦立ち止まるのは、新たな記憶の量を増やすことで全体のバランスを保とうとして
もがいている状態なのかもしれない、と私は自分の経験から考えているのであるが、
現実として、内的世界の成分が急激な変化を遂げているというのは事実かと思う。

私の場合、記憶が消えた時に人間としての種々のこだわりが姿を消したこともあり、
自分が軽薄な人間に思えて仕方なかった。そう、深みのない感覚を覚えたのである。
ある人々にとってはそれが"ヒトとしての成長"という、どこか虚しい成果になること、
記憶喪失に遭った張本人である私からするならば物凄い侮辱と感じたものである。
自分の肉親を喪った者に同じ言葉を掛けたらどんな意味を持つか、と同様の話だろう。

他者の記憶形態がどんな状況下にあるのか私は事細かに知る由もないのだが、
自分のそれを振り返ると、共感覚の傾向との相関性を考えざるを得ないと感じる。
兎にも角にも視覚記憶に総てがまとまっているため、強いて言うならば分かり易い。
聴覚記憶も色彩としての視覚情報に変換されている、そんな印象が相応しいし、
味も香りも何もかも、傍から見ればおかしな絵の中に全員集合していると言える。

共感覚等の誤診が発覚してショックを受ける前にも実は一度記憶が無くなっている。
その時も同様であるが、言語の記憶が平坦になってしまって使い物にならなかった。
音としての言語を思い出さない、或いは思い出せない、不便は無いかと聞かれると
共感覚の在る自分には相応しい答えが見つからない。そうなっているものと感じるし、
思い出されようと、そうでなかろうと、私にとってはそれが自然な状態なのである。

視覚、特に空間的要素を含んだ視覚情報の記憶力が人よりも強いとは思うのだが、
全体的なバランスで言えば言語そのものとしての記憶はひどく乏しいということになる。
しかし、生物的には申し分ない。言語記憶が無くても、動物は逞しく生きているのだし。
ある時期の私の画像の記憶、実は未だに白黒の画像しか思い出せなかったりするが、
それとてハチ公の記憶同様に尊いもの。"ヒトが素晴らしい"なんて発想は馬鹿げている。

フラッシュバックが起こることはあるにしても、私の場合は音声の記憶があまりない。
これはある意味では救いであり、必要以上に恐怖を感じずに済んでいるとさえ感じる。
少なくとも、言語中心の対話ばかり望むような相手とでなければ私は安心して過ごせる。
では、私は言語を総て忘れているのだろうか。共感覚の情報さえあれば思い出せる、
そんなことを加味すれば私は忘れていない。でなかったら、今も話してはいないだろう。

色彩→意味の回路が強いために表向きには苦労していないように見えてしまうし、
元来、気丈に振舞おうと必死に努力する性質である、記憶の惨状は見せまいとする。
いつしか、壊れたものを壊れていると考えなくなってから多少は救われたかとも思う。
ヒトの社会に在る"標準"からすれば私の過去の記憶には丸印も付かないだろうが、
一方的に進む時間の概念を捨象するならば、必然だけがそこに在ると思えて来る。

今考えると、私の頭は色彩を記憶する一方で"言葉そのもの"は忘れることに長けている。
その根本には世間でいうところの障害の存在があるだろう。しかし、実際どうだろうか。
生きるという観点から見れば自分の脳はそれなりの生命力があるのだとすら感じるし、
言語に執着するだけの場合よりもよほど共感覚の恩恵に与っている気がしなくもない。
思うに、色彩言語以外を私が捨て去った理由もここに在る。命の恩人を忘れられようか。

We zijn niet rond
  1. 2009/06/15(月) 00:30:36|
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